院長コラム
2026年09月15日

数年前に訪問診療所で勤務していた時のことです。
認知症の患者さんが不安そうに落ち着かなくなったり、怒ったり、
ときにはご家族に手が出てしまう場面に出会うことがありました。
もちろん、痛み、便秘、脱水、感染症、睡眠不足、薬の影響など、身体的な原因がないかを確認することは大切です。
そのうえで、明らかな原因がない時に私は、
「少し手を握ってみてください」
「優しく肩に触れてみてください」
「嫌がらなければ、抱きしめてあげてもいいですよ」
とご家族にお伝えすることがありました。
すると、それまで険しかった表情がやわらぎ、穏やかになることがありました。
認知症になると、
「ここはどこなのか」
「目の前の人は誰なのか」
「これから何をされるのか」
が分かりにくくなり、不安や恐怖が強くなることがあります。
一方で、
「この人のそばにいると安心する」
「この声は怖くない」
「手を握られると落ち着く」
といった感情に結びついた反応は、比較的残ることがあります。
そのため、ご家族の声や手のぬくもりが、言葉以上に
「ここは安全ですよ」
というメッセージになることがあります。
当時の診療を振り返ると、私は時々、小さな子どもが不安な時に、お母さんやお父さんに抱きしめられると落ち着く姿を思い出します。
もちろん、認知症の方を「子どもに戻った」と考えるのは適切ではありません。
ただ、
信頼している人に触れてもらうことで安心する
という人間の基本的な感覚には、共通する部分があるのではないかと思います。
手を握る、背中をさする、そばに座る、優しく名前を呼ぶ。
こうしたスキンシップは、言葉ではない「安心のメッセージ」になります。
認知症になっても、
安心したい。
尊重されたい。
大切にされたい。
誰かとつながっていたい。
という気持ちまでなくなるわけではありません。
数年前の訪問診療で、ご家族がそっと手を握っただけで患者さんの表情が変わる瞬間を何度か見ました。
その経験から、
医療や介護は、薬や処置だけではない
と感じています。
記憶は薄れても、安心した感覚は残ることがあります。
認知症の方と接するときは、「何を分かってもらうか」だけでなく、
「どうすれば安心してもらえるか」
を考えることが、とても大切だと思います。
※突然触られることを嫌がる方もいます。正面から声をかけ、表情を見ながら、無理のない範囲で触れることが大切です。
HIYOSHINOMORI INTERNAL MEDICINE CLINIC